

自分がやりたかった事は何だったんだろうか
先日そう考えさせられる出来事が続きました。
一生懸命に生きて来た つらい事や苦しい事も乗り越えて来た。
そして今は、それなりの幸せをつかんだと思っている。
これで良かったのだろうか?他にやりたかった事はなかったのか?
昔の自分に問いかけてみるけど、思い当たらない。
大学を卒業すると同時に、就職する 働く=就職 それは会社や公務員で、
当時の僕の頭の中の選択肢はそれしか考えられなかった。
自営で仕事をするなんて、考えもしなかった。
先月、海外取引先の方からの要望で、贈り物に陶器の壷を依頼された。
この辺りで陶器と言えば伊賀焼。この伊賀焼で壺を探すことに。
以前から娘の店によく来て頂いている方のご主人が陶芸作家だったことから、その方に
依頼する事にしたのだが、その方は壷は制作していないとの事。
ただ作家仲間で紹介できる方はいるとのことで、紹介してもらう事に。
紹介頂いた作家さんは女性で、薪窯で作品を精力的に作られている方。
早速お会いし、こちらの要望通りの壷を作成してくださるとのことで、お願いした。
その方は毎月の様に東京や大阪などで個展や展示をされており、
かなり忙しくされているようで、陶芸の作品だけで基本的な生活はできているような感じでした。
そして先日、本屋を営む娘から、フェアーをやると言ってきた。
それは店で小さくやる個人的なものではなく、知人と共に日本だけじゃなく、
海外からも出店者を募り、アート関係の本や作品を作家と直接対話しながら、
展示・販売するという企画らしい。
「それはうちの店にメリットがあるの?」と聞いてみると、
「そうじゃなくて」
都会ではそういうものはあるけど、この地でやりたいのだと言う。
「やりたい」
利益は見込めない。でも「やりたい」
特に娘の知人の思いが強く、娘はその気持ちに共感したようだった。
市の文化都市協会や教育委員会に掛けあい、協賛を取り付け、歴史的な史跡の建物を借りてその中でするという。
計画は立派だが、出店者もあまり集まらないだろうし、
人もそんなに来てくれないのではないか。
ましてや、世界から出店者を呼んで、なんて無理でしょ、と思っていたんです。
まあ大きく赤字にならなければ、いいのではと考えていました。
当日、荷物の搬入に少し手伝ってほしいとの事だったので、現地に向かうと、
なんとそこには、出展ブースが40近くあり、海外からのアーティスト達も何組か出展されていて、その状況にビックリ!
英語を話せるボランティアさんも何名もおり、ほんとうに凄い事に。
準備を終え、出展者の方とも少しお話ができた、その中で僕が不思議に思ったのが、写真家やエッセイスト、デザインする人 そんな人達がそれだけで生活できているということ。
僕の常識では、「好きな事=趣味」なので、生活する為に別に仕事を持っている。
と思っていたのですが、そうじゃないんですね。みんながみんなそうじゃないと思うけど、生業にしている人が多かった。
それだからかどうかは分からないけど、販路は国内だけじゃなく、海外に作品を売りにいっているよう。
だからか、みなさん英語も普通にしゃべっている。
その中の一人から「お父さんおいしいワインごちそうさまでした」
とお礼を言われたんです。
「とんでもないです。それで、前夜祭は何名位の参加者でしたか?」と聞くと、
「100名くらいは居ましたね」「それと、外国みたいでしたね。外人の方が多くて、ほとんど日本語は聞こえませんでしたよ。」
そういえば前夜祭を武家屋敷を借りてやるので、その時に出すワインを提供してほしいって話だったので、
まあそんなに人が来ないのだから、「いいよ」って答えたのだけれど。
「何本くらい?」って聞いたら「10本」って事だったので、そんなに必要ないだろうと、来ても10数人じゃないのかなと思っていた。
「残ったら持って帰ってね」って伝えていたんですが、想像をはるかに超えていました。
先月お会いした陶芸家や今回お会いしたアーティスト達はみなさん会社に属するのではなく、また決まった企業からの
特定の仕事があるわけでもなく、個人で活動されている人達が多かったらしい。
「したい」「やりたい」を実現している人達でした。
そういう人達を見て、幸せだと思っていた僕の人生が、ほんとうにこれで良かったのかと、考えさせられた出来事でした。
人は亡くなる前に、必ず自分の人生を振り返り、自分は幸せだったと思い、またそう言うらしい。
僕もその時に本当にそう思えるだろうか?
かといって、僕に芸術的センスは何もないし、作りたい作品も何も思いつかないけど。